小麦粉と砂糖と、ミルクを混ぜたら

小瀧望くんがすきな人の日常ゴト

最近読んだ本のこと。

 ご存知の方はご存知の通り、わたしは読み書きが異様にすきです。暇があれば何かを読んでいたいし書いていたい。

ということで常に本屋には通い続けるし(大きな本屋の近くに引っ越してしまった。アチャー)大人になってからは何も気にせず表紙で気になった本をぽんぽん買い込んでいます。だめな大人の例です。良い子はマネしちゃいけません。

 

そんなわたしですが、最近ぽいぽい本を買うのをやめようと思って、とりあえず身近にいる家族から本を借りることにしました。そして実家から借りてきた一冊がこちら。

大きな音が聞こえるか (角川文庫)

大きな音が聞こえるか (角川文庫)

 

 坂木さんは妹が好きらしく、以前、和菓子のアンという本を購入して(もちろんタイトル買い)読んだら面白かったのでアンソロジーまで買って読んで、そこで妹にこの本おもしろかった、と感想を述べたら「坂木さんの本、全部持ってるから買うな!被ったらもったいない!」とお𠮟りを受け、それ以来手にすることのなかった作家さんなのですが、実家にぽつんと一冊ありました。どうやら父が買って読んだ様子。絶対妹も持ってるよ…本かぶってるよ…。

せっかく借りたので、父に向けて感想を送ろうとおもったのですが、どうせ書くならここで書いちゃえ、ということで書いてみようと思います。(あとでパパンにはスクショを送ります)

 

主人公、泳くん、高校1年生。置かれている環境が、まさに「ジャニヲタをしていなかったらこうなっていたであろう自分」なところにドキリとさせられる。裕福な家庭に育って、そこそこ何でも手に入って、つまらない日常をただ咀嚼していくだけ。もう、ヲタクじゃない自分そのまんま。オソロシイ。

話の中で「持てる者」「持たざる者」という言葉が出てくるのですが、もうこれに関しては、親に頭が上がらないなぁとひとしきり思いました。

わたしは、自分で言うのも何だけど、「持てる者」の立場にいる。この話は海外と日本を比較しているような書き方だけど、自分自身の生活と、世間との生活を比べてみても、わたしは幼いころから持てる者の立場にあった。

裕福な家庭で愛情をたっぷり浴びて、やってみたいことはほとんどなんでもやらせてもらえて、将来の選択肢が広がるような勉強をさせてもらえて。でも、それが当たり前だと思っていた。ううん、当たり前じゃないのはどこかで気づいていたんだけれど、それでも「わたしは、そういう環境の整ったおうちに生まれてきたんだもの」の一言で片付けていた。現に、今でもわたしは割と就きにくい仕事に就かせてもらえ、都会のマンションで一人暮らしをして、一見自分で生きているように見えていても、月に一回は両親に甘えに実家に帰り、この歳になってもなおほしいものを強請り、やってることは最低限の日常の咀嚼。あとはぜんぶやりたいこと。ジャニヲタ。執筆活動。本をよむこと。女の子をエンジョイして街をあるく。おともだちと飲みにいく。加えて、とても都合のいい身体なので、嫌なことになるとすぐに鬱症状があらわれてどうにかしてもらえる。日常を、ロールプレイングのように好きなルートで進める。ほんとにお気楽人生。

いやぁ、ナメとったらあかんなぁ、のひとことです。

世の中には持たざる者がいっぱい溢れていて、それに加担することとか、関わっていくことは不可能だし、というかいやらしいし、無理なのが現状なんだけれど、ちゃんと自分が良い立場にいさせてもらえてるっていう実感だけは常に持っておくべきだなぁと思いました。

 

あと、泳くんがどうしてもポロロッカに乗りたいからって試行錯誤していく様子は、昔の自分を思い出しました。

うちは上記のような家庭だったので、ジャニヲタという生産性のない未来を拒絶されていました。それをして、何になるの?あなたはジャニーズに一生たべさせてもらえるの?が両親の持論。

そこに、ただ単に「すきだから」「すきなことに理由なんてない」ってだけでぶつかっていった中高生の自分を思い出しました。生産性のない未来だなんて、分かってるし、別に彼らとどうこうなりたいとかどうこうしたいとか、そういうわけじゃない。ただ、好きなだけで、応援したいだけで、そこに理由なんてなくて。ひとつ挙げられるならば、胸がときめいて、全身を動かされるようで、ただただ、気持ちが溢れ出してくるからで、そこに明確な理由なんてないし、その気持ちを言葉で表すことなんてできなかった。大人になって、これを読んだ今でも思います。あの頃の情熱とかひたむきさは、言葉にするものじゃないんだなって。できないものなんだなって。

みんなそれぞれに青春を捧げるんだけれど、わたしはただそれがジャニーズだっただけなんだなぁって。

そこから得られるものなんて無かったとは思う。何も得たものなんてない。ただ「ひたすらに何かのために一生懸命時間と体力と精神力を割いた」という経験は、今のわたしにも生きています。

将来、自分の子が、どんなに生産性のない未来となるものを好きになっても、わたしは応援してあげなきゃいけないなと思いました。何かをすきになる、何かに夢中になるって、わるいことじゃない。そして、そこから得られるものは、必ずある。わたしはそう思う。

 

そういえば、船に乗る話は、幼いころに十五少年漂流記を読んで以来大好きなのですが、今まで読んだ中で一番ひどい船だった(笑)こういうのもあるんだなぁ…